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ロッセリーニ『無防備都市』──扉の運動

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chapter 01

ロベルト・ロッセリーニ『無防備都市』

Author. HO
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2010年夏、ヨコヲノ森の構造塾[*1]にて行った映画『無防備都市』(ロベルト・ロッセリーニ監督)についてのレクチャー内容を増補しテキスト化しました。
 

1.  4つの実話を基にした映画

今日は一本の映画を題材に建築の話をしたいと考えています。
 取り上げる映画はロベルト・ロッセリーニ監督の『無防備都市』(1945、イタリア)です。これは第二次世界大戦末期、ドイツ軍占領下のローマを舞台に、ロッセリーニ自身が体験した戦争と占領の“恐怖”を描いた映画です。
 1943年9月、イタリアは連合国に降伏しますが、この直後、それまで同盟国であったドイツに占領されます[*2]。ロッセリーニは、ドイツ軍から解放されてわずか2ヶ月後のローマで『無防備都市』の撮影を開始しました。この時、北イタリアではまだ、連合軍がドイツ軍と戦っていました。映画で起こっているようなことが、北の方ではまさに今起きている可能性がある、という状況の中で撮影は行われていたのです。
 大部分のシーン(ゲシュタポ本部の室内シーン以外)がロケーション撮影されており、廃墟となった建物が目立つ荒廃したローマの街が背景として映し出されているのも特徴のひとつです。

『無防備都市』は、その当時イタリアで実際に起きた4つの出来事を基にしています。まず神父が登場しますけれども、そのモデルになった神父は、連合軍や脱走兵などに偽造パスポートを作ったり教会に匿うなどして連合国側を助けていたので最終的にはゲシュタポに処刑されてしまうという人物です。次にレジスタンスのリーダーで、イタリア中を転々と居場所を変えながら活動を続けていたヒーローのような人が実在していたのですが、この映画の中ではマンフレディという役名で登場します。3つ目は、ピーナという役のモデルとなった女性の実話です。彼女は妊婦で、夫がドイツ軍に連行されるときに石を投げて、その場で射殺されてしまいます。映画ではアンナ・マニャーニというイタリアの大女優が演じています。最後は、マリーナというキャバレーのダンサーについてです。この映画では裏切り者みたいな役回りなんですけど、実際には全く逆で、レジスタンスが作った新聞などを自分の部屋を中継してイタリア中にばらまいたりしてレジスタンス活動を支えた女性です。その人物を完全に正反対のキャラクターにして、この映画の中に取り込んでいます。
 このように、実際に別々の場所で起きた4つの実話が、映画という1つのストーリー内に再構成されているのです。

ところで映画史において、ロベルト・ロッセリーニは「ネオレアリズモ」を代表する作家として位置づけられています。「ネオレアリズモ」は、1940年代にイタリアで活況を呈したある種の映画の動向で、特徴として、路上や実際の建物内でのロケーション撮影、素人俳優の起用、即興演出などが挙げられます。描かれるテーマは戦中戦後の混乱期における市民生活、貧困などが主でした。この時期の作品として、ヴィットリオ・デ・シーカ監督の『靴みがき』(1946)や『自転車泥棒』(1948)と共に、ロッセリーニでは『無防備都市』の他に『戦火のかなた』(1946)『ドイツ零年』(1948)がよく知られていますが、世界に「ネオレアリズモ」を知らしめたのは、『無防備都市』に因るところが大きいです[*3]
 

2.  建築を見るように映画を見る

ロッセリーニはある雑誌のインタヴューに答え、このような話をしています。

ネオリアリズム映画の対象は現実の世界であって、物語でもお話でもない。…(中略)…わたしの映画はよけいなもの、見世物的なものを好まないどころか、これを拒絶し、硬質の実体へと向い、表面にとどまることなく、魂の微細な様相を追求する。処方箋的映画のテクニックや公式を拒否し、誰しもがもつモチーフを追求する。つまり一言でいえば、他者に問題を提起するとともに、みずからにも問題を提起する映画、人に考えさせようとする映画なのである。[*4]

つまり、観客がただ単に物語を追いかけていって観終わった時に「あー良かった」と言っておしまいというのではなく、観客の知性に働きかける事が重要であると言っているのです。僕自身も建築を考えるときに、居心地がいいだけではなくて、住む人やそこを訪れる人が能動的に思考できる建築、そういうものを作っていきたいと考えています。
 僕は映画を見ることを、建築を見ることと同じように考えています。例えばミース・ファン・デル・ローエのバルセロナ・パヴィリオンを実際に見て回っているとき、あちらこちらの場所やディテールを見て、あの場所とこの場所はこのような関係で結びつけられているとか、あのディテールがこちらでも反復されているなどと、絶えず頭の中で編集しながら建物を回ります。映画に対しても同じような態度で見ているということです。

今お話ししているこの場所は、「構造塾」という建築に関わる方の集まる会なので、ここで映画の話をすることを疑問に思うかもしれません。実際、「建築を見るように映画を見る」と言われても、何のことを言っているのか分かりにくいと思う人が多いでしょう。話が終わるころに、ぼんやりとでもその意味合いを掴んでいただければよいと考えています。

  • 1.建築家森昌樹氏(Morii’s Atelier)と構造家横尾真氏(OUVI)の主宰による勉強会。参照URL: http://www.ouvi.nu/jyuku/jyuku.html
  • 2.ローマはイタリアの降伏に先立って「無防備都市宣言」をしていたものの、休戦を公表した1943年9月8日から1944年6月4日まで、ドイツ軍に占領支配される。
  • 3.「ネオレアリズモ」とロッセリーニについては、蓮實重彦「ロッセリーニによるイタリア映画史」、『リュミエール』第10号、筑摩書房、1987所収、36-46頁、及び、蓮實重彦「ロベルト・ロッセリーニを擁護する」、『リュミエール』第14号、筑摩書房、1988所収、50-54頁参照。
  • 4.マリオ・ヴェルドーネ『ロッセリーニ 現代のシネマ10』、梅本浩志・大空博訳、三一書房、1976、25頁。
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ロッセリーニ『無防備都市』