atelier nishikata

建築における「行けない場所」──バルセロナ・パヴィリオン考察

+ share
chapter 00

はじめに

バルセロナ・パビリオン
Author. NR
0-1
大きな池〈バルセロナ・パヴィリオン〉

大きな池〈バルセロナ・パヴィリオン〉
光箱〈バルセロナ・パヴィリオン〉

光箱〈バルセロナ・パヴィリオン〉
小さな池〈バルセロナ・パヴィリオン〉

小さな池〈バルセロナ・パヴィリオン〉

ミース・ファン・デル・ローエのバルセロナ・パヴィリオンには「行けない場所」が三つある。基壇上の外部に位置する大きな池と、ゲオルグ・コルベの彫像が立つ小さな池、そして、基壇中央付近を占める二列の向かい合う乳白色のガラスに挟まれた光の箱のような場所である。

「行けない」とここで言っているのは、文字通りに人が実際に歩いて入って行くことができないという意味である。それが否定形であるのは、「行ける」という開かれた可能性に対する打ち消しを示している。そもそも建築に求められる最も主要な性能の一つ、あるいは建築そのものの欲望といってもよいかもしれないが、それは「行ける場所」の拡張であろう。建築はどこまでも「行ける場所」を広げ、「行けない場所」を「行ける場所」に変えてきた。ところがバルセロナ・パヴィリオンには「行けない場所」が三つある。設計したミースの立場から語るとすれば、「人がそこへ行くこと、入ること、その中を歩き回ること、を制限する場所をわざわざ設けている」ということだ。
 筆者がバルセロナ・パヴィリオンを実際に訪れたのは、今から四半世紀も前の1989年のことである(このページの写真は全てその時撮影したものだ)。それ以来設計実務に携わるようになってからも、この体験は忘れ難く度々思い返す出来事であった。けれどもそれについて語る言葉がなかなか見つからなかった。ある時、これを一度文章にしてみたいと思い修士論文を書く決心をした。それまでにも二つの池と光の箱は、バルセロナ・パヴィリオンの重点的な要素として把握していたのだが、それらに「行けない場所」というテーマが貫通していることをはっきりと認識したのは論文を書く過程においてである。これに気づいた時、なぜこれほどまでにバルセロナ・パヴィリオンに拘ってきたのかということが、ようやくわかったような気がしたものである。
 たとえば池の中が「行けない場所」であるなどということは、言われてみれば自明なことであり定義するまでもないと思えるかもしれない。バルセロナ・パヴィリオンの大きな池などは、底が見えるような浅い人工の池である。入ろうと思って入れない場所ではない。けれども誰も入ろうとしないのは、意識はせずともそこが「行けない場所」であるということを瞬時に判断しているからではないだろうか。

一見すると些細な事や当然と思えるような事象に目を向けた時、その建築に起こっていることをより明確に語ることができるかもしれない。『建築における「行けない場所」—バルセロナ・パヴィリオン考察』(2001年度東京大学大学院修士論文)は、その可能性を探る試みでもあった。本稿はこの論文を増補改訂したものである。出来あがったところから順次掲載していくつもりである。

writing
建築における「行けない場所」